八月

そこは八月。私の脳内ではボリュームを絞った蛍の光が流れている。私だけを残してそこは八月、だったのだ。

私の葬儀では、生前私が言っていたように、私の好きなお香が焚かれ、式場の中はゆらゆらとした雰囲気が漂っている。一面に私の好きな花が置かれているから、きっと君もその美しさを意識的に、ずっと覚えていようとするだろうね。でも君は花の名前を知らない。私が君に好きな花を教える前に私は死んでしまったから。

許してほしい、もうどうにもならないけれど。もうどうにもならないことに謝るべきだったね。許してくれないだろうけど、でもこれもいつか物語のひとつになるはずだから。

棺桶の中で眠る私は生前のどの瞬間よりも美しく、沢山の色を使った、それでいて静かな死化粧が施されている。下まぶたは水色で濡れているから涙みたいだ、と君は思うかもしれない。そうしたらゆーれいになった私はそれを見て、ざんねん、雨だよ。美しい夏の雨だよ。とこっそり教えてあげるのだ。

私が死ぬとき、誰も私が死んだなんて気が付かなかったでしょう、だまし絵みたいに。少しずつ少しずつ現実と夢が混ざりあって正体がわかるのよ、私の死は。

さっきまでのダンスの延長みたいに、自然に傘をさすみたいに、踊るように飛び降りた私は、私を含めたすべてが演出となり、物語になってしまうのだろうか。

葬儀のあいだ、君は涙を小さな透明な瓶の中に落とすのだ。そうして、渡せなかった手紙を棺桶の中に入れてくれる。それが灰になってしまって、私の灰と区別がつかなくなった頃に、それまでただ観客だった君はこれが現実だと気づいてしまう。

観客は参列者になり、花は枯れ永遠を主張する。白煙は何の香りもしない。葬儀は呆気なく終わり、人々は狼狽える。

パーティまで時間がないのに。

パーティは計画通り行われた。八月の真ん中で。君だけは泣きながらも、狂ったように踊った。私のことなんて忘れてしまったように踊った。私の頭の蛍の光は鳴りやみ、君を操る糸は溶けた。

溶けて骨だけになっても踊り続ける君は綺麗だったし、灰になっても君のことを好きでいる私も同様に美しかったと思う。

「案外早いのね」

「まあね」

「綺麗だったよ」

「ありがとう」

鉛筆で何かを書こうよ。夢以外の何かを。ここは夢で溢れかえっているから。

「花は、どうかな」

 

夏の花が好きな人が好きだ。そこは、確かに八月だったから。