仏壇

もしも大切な人が死んだらわたしはお仏壇をがちゃがちゃさせてしまうかもしれない。不自由させたくないから、目薬まで置いてしまいそう。ご飯も毎食しっかり生きているときの量をお供えしてしまうかもしれない。だってあんな量で足りるはずもないし。家に人が来る度に怒られてもそれでもわたしはやめるつもりなんてないからみんな大変だと思う。それでもたまに、置いても置いても減らないことが悲しくて泣いてしまいそう。わたしだけが時間が経って死が本物になっていく過程を見てしまう。

 

という想像