9/3 架空日記

朝起きると隣に死にかけの野ウサギがいたので洗濯機に入れて様子を見ることにした。目を離した隙に野ウサギが洗濯機のなかで嘔吐したので洗濯機を洗濯機の中に入れて洗おうとしたけれど、洗濯機は洗濯機のなかに入るのを拒んで体を捻らせたり洗剤投入口を開閉したり、必死になって抵抗するので仕方なく諦めた。洗濯機が必死に抵抗する姿はどこか見覚えがあったけれど、思い出そうとしても国道の裏の果物屋に住み着いた(臙脂色の何か)の(顔のようなもの)しか思い出せない。

起きてから何も食べていないことに気づいたので、補助輪に乗って近くのコンビニエンスストアまで行った。駐車場で大きくて音がなる男がみじろぎしていたので私の足元にばらまかれたポップコーンをわけてあげた。男は少しだけ停止したのち、きょろきょろしながら地面に少しずつ沈んで行った。面白くもないので首の少し下が地面に沈んで行くところまでは眺めていたけれど、お腹がぎゅるぎゅると音を立てて背中がお腹側へ移動し始めたので店の中へ入った。このコンビニエンスストアは誰かが店内へ入る度にへんてこな音がランダムで鳴るので私は気に入っている。音が鳴る度に清掃員がびくついていることにもこの間気づいた。いつもみたいに店内を大きく一周する余裕もなかったので、コーヒー(hold)と、私から1番近い位置にあった菓子パンをひとつ買うことにした。菓子パンを齧りながら店の外へ出ると地面へ沈んだはずの男がまたみじろぎをしていた。特に何も思わず補助輪に乗って家まで帰った。

家に着いたのでコーヒー(hold)を飲もうとしたけれど、そのコーヒーはもはやholdではなかったのでゴミ箱代わりにしている水槽に流した。それをおもしろそうに死にかけの野ウサギが眺めていたのでコーヒーの缶を投げてやった。死にかけの野ウサギは、コーヒーの缶が地面に落ちるのとほとんど同時にその中に入ってしまって二度と戻ってこなくなった。缶が音を立てるとき、その缶は死にかけの野ウサギを吸収する という新たな知見を得たので急いで冷蔵庫の裏にメモをした。そのついでに今日のことを同じく冷蔵庫の裏に書いている。冷蔵庫の裏は誰にも見られないので安心して何かを書くことができる。もし誰かがこの文章を読むことがあったら…そのときはそれを吸収する力がある何かを地面に落とそう、と思った。

終わらせない物語(夢のために)

まだはっきりとしない意識の中で鳴るアラームの音、それを聞き続けていくうちに意識は鮮明になる。その間に今日が来たことを知り、私はベッドの上にある右から2番目の突起を押してその音を止める。それから目を閉じたまま手が届く範囲にあるものをひとつずつ触って確認していく。目覚まし時計、携帯電話、小さなぬいぐるみ、懐中電灯。時間をかけてそれらがきちんとそこに存在していることを確認する。指でなぞって読んだ線を、手のひら全てを使って組み立てながら。目を閉じていても輪郭がはっきりと見えるようになってから、私はようやく目を開ける。それから部屋を見渡して、やっと安心する。変わったことはないと。


あたしは夢を見ているの。まばたきする間くらいの長さの、それでいていつ終わるのかわからないような途方もない夢をね。あたしは確かに内側にいて、でもあなたから見たらあたしは表面かもしれない。夢と同じように、あたしもよくわからない。でもね、それは普通のことなの、当たり前のこと。意味はないの。


靴をつま先だけで履いて窓の外を眺める。ここでは何もできない。この窓から落ちる間に、いくつ夢を見られるのか数えながら小さく息を吸う。ここは消毒液の嫌な匂いがするから自然と口呼吸になってしまった。正しい匂いは嫌いだ。甘すぎて脳みそが溶けてしまうような、頭の悪い匂いのほうがよっぽどいい。私は、正しいものに囲まれるといつもどうしていいのかわからなくなる。正しいものが真っ当だとは限らないのに、皆それを信じて疑わない。口呼吸になったために、乾ききった唇の皮を噛む。剥けたところがひりひりと痛む。持ってきたペンとノートじゃ私の書きたいものは書けないような気がしたから最近は日記を付けるようにしている。ここで起こることなんて限られているけれど、こういうものが私には丁度いい。誰に見られてもいいような事実と少しの感想だけを書いたノートはいつの間にかあと半分になっていた。ここに来てからどれくらい経つのか、まるで覚えていない。それでもノートの1番最初のページを開く、なんてことは怖くてできない。私がその間に確かにそこに存在していた事実を確認するのは甚だ恐ろしい。遠くで誰かが歌っているのがきこえる。マイクの設定のせいなのか、霞んでいてよくわからないのに伸びた音が耳に付くので気分が悪くなった。

もう一度ベッドに入って目を瞑ってみる。こうしている間にだけ存在する不確かな世界は美しい。けれどそれ以上に恐ろしい。自分の中で渦巻いている美しさに飲み込まれないように私はいつでも必死なのだ。曖昧を守り続けることに。


あなたはいつも意味のないことを考えているね。それってそんなに大切?意味のないものに時間を費やすことに意味を見出そうとするのはとても滑稽に見えるよ。意味はいくら変形させても意味でしかないの。価値じゃないんだから。あなたがそれをどこまで理解してくれるかわからないけれど。

 

ここは荒野だ。全ての物語と同じように。私の脳内はそれを持て余し、どこかに行こうとしてしまう。夢を見たい、夢を見たい、夢を見たい。正しくない夢を、果てしない夢を。

流れ

日が暮れて暗くなった自分の部屋で詩を読んだ。ひとつずつ拾っていく文字がゆっくり連なり意味をつくっていくことを流れていくことを、わたしは知った。それは発光ではなかったけれど、太陽に照らされた月に照らされた私たちだ、地球だ、と思った。そのうち部屋はさらに暗くなり、わたしは詩とそれ以外の区別がつかなくなった。よろよろと歩きギターを倒し、音がなり、その音が止んだとき、わたしは、わたしは波になりやっと部屋を見渡せたのだ。

ふわふわ

‪滞ったふわふわがぼくたちのあいだで結晶しはじめたので、いつのまにかぼくたちはくっついてしまった‬。

‪ふわふわは髪を、歯を、骨を溶かした。物理的に骨抜きになってしまったぼくたちはふわふわに従うように、ゆっくりと時間をかけて溶け、そしてまたゆっくりと混ざり合い、ひとつのティーポットのなかで‬永遠だけを待つのだった。

八月

そこは八月。私の脳内ではボリュームを絞った蛍の光が流れている。私だけを残してそこは八月、だったのだ。

私の葬儀では、生前私が言っていたように、私の好きなお香が焚かれ、式場の中はゆらゆらとした雰囲気が漂っている。一面に私の好きな花が置かれているから、きっと君もその美しさを意識的に、ずっと覚えていようとするだろうね。でも君は花の名前を知らない。私が君に好きな花を教える前に私は死んでしまったから。

許してほしい、もうどうにもならないけれど。もうどうにもならないことに謝るべきだったね。許してくれないだろうけど、でもこれもいつか物語のひとつになるはずだから。

棺桶の中で眠る私は生前のどの瞬間よりも美しく、沢山の色を使った、それでいて静かな死化粧が施されている。下まぶたは水色で濡れているから涙みたいだ、と君は思うかもしれない。そうしたらゆーれいになった私はそれを見て、ざんねん、雨だよ。美しい夏の雨だよ。とこっそり教えてあげるのだ。

私が死ぬとき、誰も私が死んだなんて気が付かなかったでしょう、だまし絵みたいに。少しずつ少しずつ現実と夢が混ざりあって正体がわかるのよ、私の死は。

さっきまでのダンスの延長みたいに、自然に傘をさすみたいに、踊るように飛び降りた私は、私を含めたすべてが演出となり、物語になってしまうのだろうか。

葬儀のあいだ、君は涙を小さな透明な瓶の中に落とすのだ。そうして、渡せなかった手紙を棺桶の中に入れてくれる。それが灰になってしまって、私の灰と区別がつかなくなった頃に、それまでただ観客だった君はこれが現実だと気づいてしまう。

観客は参列者になり、花は枯れ永遠を主張する。白煙は何の香りもしない。葬儀は呆気なく終わり、人々は狼狽える。

パーティまで時間がないのに。

パーティは計画通り行われた。八月の真ん中で。君だけは泣きながらも、狂ったように踊った。私のことなんて忘れてしまったように踊った。私の頭の蛍の光は鳴りやみ、君を操る糸は溶けた。

溶けて骨だけになっても踊り続ける君は綺麗だったし、灰になっても君のことを好きでいる私も同様に美しかったと思う。

「案外早いのね」

「まあね」

「綺麗だったよ」

「ありがとう」

鉛筆で何かを書こうよ。夢以外の何かを。ここは夢で溢れかえっているから。

「花は、どうかな」

 

夏の花が好きな人が好きだ。そこは、確かに八月だったから。

 

 

 

はて

反射する白に汚された朝のなかで

貧血ぎみなきみを想う


くたくたになった光が

まあたらしい背骨を撫でていく

 

幸せはいつもすこしだけ

言葉以外の何かに似ていて、

それに気づくとき

懲りずにぼくは泣いてしまう

言語化できない幸せは孤独だから、

ぼくたちにぴったりなはずなのにね

 

幸せを溶かして、永遠に近い静けさになろう

そうしていつまでもさまよっていよう

二人以外何も見えないように、きみを抄出してしまおう

ぼくらはどうしようもないからね

二人で世界一弱虫だからね

口には出せないものを持ち寄って

いつまでもこのままでいよう

みんなが気づかないふりをしている世界の隅で

どうしようもなく

たたずんでいよう
 

 

7/10 架空日記

カッパを着たヤンキーに睨まれる。家から100mくらいのところで迷子になる。めずらしく雨。この間買ったピンク色の傘をさしてみる。とくにテンションはあがらない。

図書館に行くたびに甘めの頭痛におそわれる。安い香水のにおいがする車内を思い出し吐きそうになる。図書館のトイレは流れる時間がやけに長くて不安になる。永遠なんて永遠に来ない。

公園のからくりに気づいてしまう。とりあえず水たまりの周りをぴょんぴょんして時間をつぶしてみる。湿度が高いと皮膚が伸びてしまって心臓の音がだめになる。面倒くさいときはとりあえず爪を噛む。公園の動かないうさぎは産まれたときから死んでるっぽい。

スーパーのネギの悲鳴を聞いてしまったので耳をふさぐ。女の子が床で転ぶ。店中に笑いの渦。早歩きでお菓子コーナーに行き、チョコレートだけを持ってレジに行く。スーパーを出るとチョコレートは溶けていた。

本屋に行く。カッパを着たままの人々が雑誌コーナーで立ち読みをしているので、本の文字は滲んでいる。解散したバンドのことを考えながら、そこまで好きではないけど流行ってる漫画の新刊を買う。

家に帰る。諦めて溶けきったチョコレートを舐める。視力が悪いのでみんなには見えるものが見えない。風呂は熱いと孤独になる。湯冷めすると1回死ぬ。湯冷めする前に寝ようと頑張ってみたが、チョコレートのせいで眠れない、からこうして日記を書いている。